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東京高等裁判所 昭和48年(行コ)34号 判決 1975年12月23日

控訴人

柱本茂夫

ほか七名

右八名訴訟代理人弁護士

尾崎重毅

被控訴人

農林大臣

安部晋太郎

右代表者法務大臣

稲葉修

右両名指定代理人

奥平守男

ほか一一名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は「原判決を取り消す。被控訴人農林大臣の昭和四三年八月二一日付農林省告示第一二九一号による告示(以下本件告示という)中暫定加算金に関する部分を取り消す。被控訴人国は控訴人らに対しそれぞれ原判決添付別紙第一表(編注、④後掲のとおり)中「不足金額欄」記載の金員及びこれに対する昭和四四年三月五日から完済に至るまで年六分の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする」との判決を求め、被控訴人ら代理人は主文と同旨の判決を求めた。

<以下略>

理由

第一被控訴人らの主張する本件告示の取消を求める控訴人らの訴は不適法であるとの抗弁は当審における新たな主張を含め、当裁判所はこれを採用し難いものと判断するものであつて、その理由は原判決の理由において判示するところ同一であるから右判示部分(原判決一四枚目表七行から二三枚目裏八行まで)(編注、後掲①のとおり)をこゝに引用する。

第二本件告示中、暫定加算に関する部分の取消請求について、

一左記の事実は各当事者間に争いがない。

(1)  被控訴人農林大臣が昭和四三年産米穀の政府買入価格について、同年八月二一日農林省告示第一二九一号をもつて告示したこと。

(2)  右告示によれば、昭和四三年産米穀の政府買入価格は「生産費および所得補償方式」に暫定加算制度を採り入れた算式に従い原判決添付第二表記載のように、まず稲作農家が米穀の生産に要した肥料代、農具費、雇・用労働者等の費用で物価修正した金額を補償するとともに、自家労働費については、投下労働一時間当り製造業労働者の賃率(都市均衡労賃)で評価した労働所得を補償する裸の価格である米穀一五〇キログラム当り二万〇二二一円を求め、これに運賃九四円を加算して政府の買入場所における裸買入価格たるいわゆる基準価格二万〇三一五円を求め、これに等級間格差金六七円を加算した上、さらに歩留加算金四七円と暫定加算金一一五円を控除した二万〇二二〇円をもつて、うるち軟質米裸買入価格とするとされていること。

(3)  控訴人らはいずれも鳥取県下に居住する米穀の生産者であつて、昭和四三年産米穀を原判決添付別紙一表中「数量」欄記載のとおりそれぞれ政府に売渡し、同表中「価額」欄記載の対価を政府から受領したが、控訴人らの受領した対価は、本件告示に従い、前記基準価格から暫定加算金を控除した金額であること。

二よつて、本件告示中暫定加算に関する部分の適否について判断する。

(一)  昭和四三年産米穀の政府買入価格(生産者米価)の決定の過程及びその内容についての当裁判所の認定は原判決二四枚目表六行から三六枚目表八行(原判決添付別紙第二表(編注、後掲⑤のとおり)を加える)(編注、後掲②のとおり)までの判示と全く同一であるから、これをこゝに引用する。

(二)  食管法三条二項は米穀の政府買入価格について、「政府ノ買入ノ価格ハ政令ノ定メル所ニ依リ、生産費及物価其ノ他ノ経済事情ヲ参酌シ米穀ノ再生産ヲ確保スルコトヲ旨トシテ之ヲ定ム」べきものとしている。右規定は、その文言、内容からみて、政府の買入価格の決定について参酌すべき基本的な理念を宣明したものであつて、具体的な米価の決定、その算定方法については右の基本的理念を逸脱しない範囲において政府(農林大臣)の技術的、政治的裁量に委ねられているものと解すべきである。もつとも、食管法は米穀の生産者に対し政府の一方的に定める買入価格による米穀の売渡義務を課しており、その面では生産者の財産権を公共のために制限するものといえるから、米穀の政府買入価格については憲法第二九条三項にいう正当な補償でなければならずこの面からの制約を免れることはできないものというべきである。

本件告示において暫定加算を設けた趣旨は、政府は昭和四三年産米価の決定にあたり米の需給事情の変化のため従来の時期別格差の持つ本来の目的意義が稀薄となつたので、同年産米からこれを廃止する方針を決めたが、いわゆる早場米地帯は米の単作地帯で農家経済は米作に依存する度がきわめて強く、そのため収入の多い早場米の生産に力を注いでおり昭和四二年産米の時期別格差金の支払状況をみると、新潟県約二四億円、千葉県約一一億円、富山県秋田県約一〇億円、茨城県、北海道各約九億円、山形県約八億円、石川県、福井県各約六億円、滋賀県約五億円に及び総額で約一四〇億円に達していたこと、時期別格差は出荷の時期により個別の生産者に支給されるもので、各人に支給される金額は僅少であつたが右のように、県単位にみると相当の金額に達しておりそれらの地域の定着した収入源になつていたので、時期別格差の全廃は地域農業にかなりの影響を与えることが予想されるため、政府はその廃止に伴う影響の緩和を図る必要があると考え従来の時期別格差金の支払額が一定の基準に該当する府県の産米について、売渡しの時期いかんにかゝわらず暫定的措置として、暫定加算金を付することとしたものであることは前示認定のとおりである。

控訴人らは、右のような地域農業経済事情は食管法三条二項にいうその他の経済事情に該らないから、米価決定にあたり右事情を参酌したことは違法であると主張する。

食管法三条二項は、政府買入価格は米穀の再生産を確保することを旨として定むべきものとし、その為に参酌すべき事項として生産費及び物価その他経済事情を挙げている。そして右にいう経済事情の範囲にはおよそ米穀の生産に直接、間接に関連する経済上の諸事情を含むものと解されている。ところで、食糧管理制度は戦時下の主要食糧事情に対処するため、少い食糧を国家管理の下におき、その有効な利用と配分をなすことを目的として発足したものであるが、その後漸次その背後にある食糧事情が根本的に変化してきたことは周知の事実であり、食管法の定める米穀の売渡及び買上の方法が漸次改正されてきたのもこの事情変更に対応するものということができる。それとともに、食管法制定当時における同法の趣旨である国民一般の主要食糧を確保し、公正公平にこれを配分するという公共目的のために、その生産者に売渡義務を課するという建前の実質も変化し、むしろ農業政策上米穀の生産を維持し、その再生産を可能ならしめ、ひいてそれが生産者を保護することになるために売渡義務という法的形式を用いているものということができるのであつてこのように理解することが現在の実情に合致するものというべきである。そうすると右のように米穀の生産の維持、生産者の利益保護という農業経済上の目的によつて米穀の売渡、買上が行われる場合にはいかなる程度において生産を維持し、生産者をどのように保護するかという政策上の判断は広く農業政策ひいては経済政策一般の中で判断されることになるから、そのような政策判断が買上げの対価決定に大きく作用しうることとなり、その幅はかなり広汎に許容される(もとよりその裁量は法的に無制限でないとしても)ことになるものと解しなければならない。このようにみてくると、被控訴人らの主張する「各時点における具体的な経済政策の配慮たとえば稲作農家の状況やそれがわが国農業に占める地位、国際価格を含め他の農産物の価格の動向、米穀の政府買入価格の水準がわが国の経済一般とくに農業経済に与える影響さらに財政負担(とくに食管会計の状況)等の諸事情も食管法三条二項にいう生産者米価の決定にあたつて参酌さるべき「ソノ他ノ経済事情」に含まれるものと解して差支えがない。本件暫定加算を設けた趣旨が前示のとおりであり、わが国の農業及び一般の経済事情が地域ごとに異ることや米穀の生産流通の事情は従来都道府県単位に把握され、それに対応して行政機関による米穀の生産、流通に関する施策の立案実施が地域的観点から都道府県単位に行われていることの多いことも顕著な事実であるから、右のような米穀の生産流通における地域的特性と、それに対する行政上の施策の実情ならびに従来個別的農家の受領する時期別格差金が比較的小額であつたこと等に鑑み時期別格差金廃止による急激な影響を個々の米穀生産者の問題としてではなく当該地域農業経済に及ぼす影響の問題として捉え、これを都道府県単位に生産者米価の決定において考慮したことは米穀に関する農業政策の一環として合理性を持つものというべく右政府の措置をもつて違法とすることはできない。

もつとも、時期別格差は従来は出荷の時期により生産者個別に支払われたのであるから、暫定加算も個人単位で算定加算することも絶対不可能ではないと思われるが、<証拠>によると、全国の農家個別に過去三年間の時期別格差の支給状況及びその割合等を調査するためには各末たんの食糧事務所ないしその出張所に備付の各個人別買入数量等を記載した買入台帳を基礎として各年度における農家各個の各期ごとの時期別格差の抽出仕訳を行い、最終的には食糧庁ないし農林本省において全国的な集約配分の作業を行わねばならず、そのためには二万余名の食糧庁関係の職員を総動員しても相当長期の期間を必要とし、当該年度の米価決定までにその完成は殆んど不可能であることが認められるのであるから、行政効率の点からみても、前示政府の措置をもつて不当、不合理とは云えない。

控訴人らは等級間格差や歩留加算はいずれも米穀の品質に基づくものとして、基準価格のいわゆる内枠として取り扱いうるが、暫定加算のごときは外枠として取扱うのはかくべつ内枠とはならない旨主張するが、暫定加算の前身ともいうべき時期別格差が内枠として扱われてきたため暫定加算も基準価格の内枠として処理されたものであることは前示引用部分において判示したとおりであつて、その為に算定された価格が憲法二九条三項に違反するものでないことも後に判断するとおりであるから政府の右処置は当、不当の評価は別としてこれを違法とすることができない。<証拠>中のこの点に関する記載は当裁判所はこれを採らない。

(三) 控訴人らは、本件告示中暫定加算に関する部分は憲法一四条、二九条三項に違反し若くは農林大臣の裁量権の濫用であると主張するけれども、当裁判所は右主張はいずれも理由がないものと判断する。その理由は原判決四〇枚目裏七行から四五枚目表三行までの判示(編注、後掲③のとおり)と全く同じであるからこれをこゝに引用する。

(四)  以上のとおりであるから本件告示中暫定加算に関する部分には控訴人ら主張のような違法はなく、その取消を求める控訴人らの請求は理由がない。

第三被控訴人国に対する金員請求について。

控訴人らは本件告示において基準米価よりの暫定加算平均額(一一五円)の控除によつて、それだけ生産者米価が「正当な補償」額を下回ると主張し、憲法二九条三項に基づき国に対しその差額分に売渡数量を乗じた金員の支払を求めているが本件告示による暫定加算平均額控除後の米価が憲法二九条三項にいう「正当な補償」を下廻るものでないことは前記判示のとおりであるから、右請求もその余の点について判断するまでもなく失当といわなければならない。

第四よつて、以上と同旨で控訴人らの各請求を棄却した原判決は正当であつて、本件控訴はいずれも理由がないから民事訴訟法第三八四条第一項、第九五条、第八九条、第九三条を各適用して主文のとおり判決する。

(杉山孝 古川純一 岩佐善巳)

<参考・原審判決理由抄>

(東京地裁昭和四四年(行ウ)第三八号、暫定加算設置処分取消請求事件、同四八年五月二二日判決)

【判文中に引用されている一審判決の判示及び同判決添付の別紙第一表第二表は、次のとおりである。

① (理由第一に引用されている部分)

② (理由第二、二(一)に引用されている部分)

③ (理由第二、二(三)に引用されている部分)

④ (第一審判決添付第一表)

⑤ (第一審判決添付第二表)】

【理由】

一 請求原因1、2項の事実は当事者間に争いがない。

二 被告農林大臣の本案前の主張について

当裁判所は、本件告示は行政事件訴訟法三条二項にいう行政庁の処分に当たるものと解するから、被告の本案前の主張は失当である。その理由は次のとおりである。

①  1 政府の米穀買入行為の性質

食管法によれば、米穀の生産者は、命令(「政府に売り渡すべき米穀に関する政令」(昭和三〇年政令一三四号))で定めるところにより、生産した米穀を政府に売り渡すべく義務づけられ(三条一項)、その売渡義務は罰則によつて強制されており(三二条)、その買入価格も買主である政府(国)の機関たる農林大臣が同法の規定にもとづき一方的に定めることとされている(三条二項、前記政令一条)。したがつて、米穀の生産者は、食管法の右諸規定により一般的な米穀の売渡義務を負つているが、生産者が右の一般的義務にもとづいてする個別的、具体的な米穀の政府に対する売渡しは、公法的規制たる売買契約の締結強制を受けるにとどまり、右売渡しおよび政府の買入れの法的性質は、本来の公法上の収用ではなく、公法の規制をうける私法上の売買契約と解するのが相当である。

いま、これを米穀の売渡し、買入れの具体的過程にそつてみると、次のとおりである。

(一) 農林大臣による当該年産米の売買条件の決定

農林大臣は、食管法三条二項、同法施行令二条にもとづき、毎年当該年産の米穀の政府買入価格(以下「生産者米価」ともいう。)を決定し、これを告示する(国家行政組織法一四条一項)ほか、政府に売り渡すべき米穀に関する政令一条にもとづき、当該売買条件による事前売渡申込みの期限を定めて公示する。

(二) 米穀の買入数量の決定

前記政令によれば、売買の対象たる米穀の買入数量は次のとおり決定される(九条)。

(1) 事前売渡申込みにもとづく買入数量の決定

生産者は、前記の農林大臣の定める売買条件を承諾して事前に売渡しの申込みをなし、その申込みにかかる数量が当該生産者からの政府の買入数量として定められ、生産者に指示される(一条ないし三条)。

なお、生産者は、この場合でも、申込み後の事情の変更による異議申立てをすることができる(七条の二)。

(2) 市町村長による買入数量の指定

(1)による生産者の売渡申込数量が過少であると認められるとき、あるいは売渡しの申込みをしないときは、市町村長が政府買入数量を指定することができる(四条、五条)。

なお、生産者は、この場合も、指示にかかる数量について異議申立てをすることができ(七条)、また、数量の指示後の事情の変更による数量の変更を請求することができる(八条)。

右(1)の場合、生産者の売渡しの申込みは、一般的売渡義務にもとづくもので完全に自由ではないが、実質的には生産者の意思による売渡しの申込みであつて、むしろその申込みにかかる数量については、政府の買上義務が生ずるという法的構造がとられているとみることができる。

近時は、常にこの方式で買入数量が決定されていることは当裁判所に顕著な事実である(もとより、法的には、(2)による買入数量の指定の措置が用意されているが、現実には全く発動されていないことも明らかである。)。

もつとも、(2)の場合の買入数量の指定や、事情変更による数量変更請求に対する市町村長の決定は、行政処分として、これにつき行政不服申立ておよび取消訴訟を提起することができるものとされている(食管法一五条)が、これらの処分は生産者の売渡義務の内容を数量的に確定する必要が生じた際に、個別的、具体的事情に即応した措置をとるためのものであり、政府の買入行為自体とは別個の行為であつて、むしろその前提となるものにすぎず、これがあるからといつて、政府の米穀買入行為そのものの性質を左右するものとは解せられない。

(三) 農産物検査官による検査等

政府が生産者から米穀を買い入れる場合、生産者が政府の指定する食糧事務所の倉庫まで米穀を運搬し、農産物検査官がこれを検査する。

すなわち、農産物検査法にもとづき、売渡前に米穀の種類、銘柄、量目、包装、荷造りの条件、品位等に関し、食糧事務所の農産物検査官による検査を受けなければならない(同法三条、七条、九条)。生産者において右検査の結果に不服があれば、食糧事務所長に再検査を申し立て、その結果に不服があれば、その取消しの訴えを提起できるとされている(一九条四項)が、右の検査等は政府の米穀の買入行為に付随し、後述のように米穀の政府買入価格算定の前提となるにすぎず、買入行為自体を構成するものではない。

右のように、米穀の売渡し、買入の具体的過程においては、行政争訟の対象たる行政処分が介在するが、これらの処分の性質は前記のとおりのものであるから、米穀の買入行為の売買契約たる性質を左右するものではないというべきである。

そうすると、米穀の政府買入価格は、売買の対価たる性質を有するものといわなければならない。

2 本件告示の性質

生産者米価の決定は、食管法一条の目的に従い、国民の主要食糧の管理を担当する行政機関たる農林大臣が、公益的な立場にたつて、全国的な米穀の買入価格について、食管法三条二項の趣旨にのつとり、その拠るべき基準を一方的に設定するものであり、事柄の性質上、通常の売買契約において、買主が売主との交渉による売買条件を個々に合意するのとは行為の性質を異にすることは明らかである。

ところで、被告らは、本件告示は、生産者米価の単なる抽象的基準を設定する法規定立行為であり、個々の米穀生産者の生産にかかる米穀の買入価格を直接かつ具体的に定めるものではないから、行政処分等に該当しない旨主張する。

そこで、本件告示の内容をみると、まず、冒頭部分において、玄米、精米、もみの種類別、三〇キログラム、六〇キログラムの量目別、一等から五等までの等級別の価格を、二項で、かます、麻袋等包装の種類別の包装費加算を、三項で、とう精の際の、歩留りの良い一定の都道府県の産米について一定額の歩留加算を、四項で、陸稲につき、玄米、精米、もみの種類別に一定額の減算を、五項で、もち米加算(政府が一定期日までに買い入れた一定数量の範囲内のもち米につき水稲、陸稲の別、玄米、精米、もみの種類別に一定額を加算)を、六項で、醸造用玄米加算(政府が一定期日までに買い入れた醸造用玄米について、品種、生産地域の別に一定額を加算)を、七項で、本件係争の、特定の都道府県別に暫定加算を、八項で、運搬費加算(特別の倉庫において売渡米穀の引渡しをする場合、通常の倉庫との距離に応じて一定額を支払う旨)を、それぞれ定めている。

これらは、たしかに、それ自体一般的、抽象的基準であり、個別的買入価格を具体的に決定する際の準則となるものということができ、その意味では、被告主張のように法規定立行為たる性格を有するといえよう。

しかし、個別的、具体的な米穀の買入価格は、右基準にもとづいて、前記のように、農産物検査法による検査によつて確定した一包装ごとの量目別、等級別、種類別に価格が算定され、都道府県別、水稲、陸稲別等の加算、減算が行なわれて確定されるのであつて、右の買入価格の具体的確定の過程において本件告示以外に拠るべき基準はないし、他に行政庁の判断ないし裁量行為と目すべきものは介在しない(農産物検査法による検査は、右の価格の具体的算定のための前提手続にすぎない。)。

そうすると、生産者米価は、本件告示自体により、生産者の生産する当該年産米の政府買入価格として各対象米につき一義的に決定される、換言すれば、告示という法的手段によつて直接形成、確定されるものということができる。

しかして、食管法は、前記のように、米穀の生産者に対し、政府の一方的に定める買入価格による米穀の売渡義務を課しており、その面で生産者の財産権を公共のために制限するものといえるから、政府の強制買上げが本来の収用ではないとしても、米穀の政府買入価格については憲法二九条三項の適用があるものと解される(最高裁昭和二四年七月一三日大法廷判決、同昭和二七年一月九日大法廷判決参照)。

そうすると、生産者米価を一般的に定める本件告示は、一面において被告主張のように立法行為たる性質を有するとしても、他面、国民(米穀生産者)の具体的権利義務に直接影響を与えるところの、抗告訴訟の対象たりうる行政庁の一般処分と解することができるというべきである。

3 他の争訟方法の有無

(一) 米穀の生産者としては、告示による生産者米価を不満として前示事前売渡申込みをしないことができ、その場合市町村長の買入数量の指定(指示)があつたときは、これに対し取消訴訟を提起する途もないではない。しかし、現在の食糧管理制度運用の実情は、事前売渡申込みにかかる数量を政府が買い上げるという方法で運用されていることは前記のとおりであり、それによつて、現実には米穀の生産の維持および生産者の利益保護の機能を果たしていることは、当裁判所に顕著な事実である。

そうすると、右のような争訟の方法をもつては、生産者の利益は現実に保護されえないこととなろう。

(二) 旧自創法一四条、農地法八五条の三による買収対価増額の訴え、土地収用法一三三条による損失補償に関する訴えに準じて、端的に米価増額請求の訴えを提起する余地も考えられないではないが、実定法上の根拠を欠き、困難である。

しかし、右の買収対価増額請求、損失補償請求の訴えの性質を、いずれも補償金決定の公定力を排除するため、その変更を求める形成訴訟と解する余地があるとすれば、本件告示についても、公定力ある告示の形式でされた生産者米価の決定の増額変更(実質的には告示の一部取消し)を求める形成訴訟としての抗告訴訟を認めえない実質的根拠は見出しがたいというべきである。

したがつて、本件告示による米価の決定に不服ある生産者に対し、端的に告示自体を争う抗告訴訟を認めることがその権利救済に適すると考えられる。

(三) 正当な補償金の給付請求(請求趣旨二項)との関係。食管法による米穀の政府買上げについて、憲法二九条三項の適用があるとみるべきことは前示のとおりであるが、生産者の国に対する正当補償請求権が憲法の右条項から直接生ずるものと解しうるならば、生産者米価に不服ある生産者は、正当補償に不足する金額を憲法二九条三項にもとづき直接請求すれば足り、本件告示の取消しを訴求する必要性ないし訴えの利益を欠くのではないかとの疑問が生じる。

しかし、食管法三条二項は、米穀の政府買上げに伴う正当補償に関し、憲法二九条三項の趣旨を具体化した規定と解することができ、これをさらに補充して食管法施行令二条、政府に売り渡すべき米穀に関する政令一条により米穀の政府買上げに対する損失補償の具体的内容を定めたものが農林大臣の生産者米価の告示であり、損失補償請求権の直接の根拠は食管法等の右諸規定にほかならないと解すべきである。

換言すれば、食管法は、農林大臣による生産者米価の決定、告示によつて、米穀の政府買上げに伴う補償請求権を直接、公権的に形成、確定するという構造をとつているものと解される。

しかも、後述のとおり、生産者米価の決定は、高度の政策判断を伴うものであつて、公益上行政庁の第一次的判断がきわめて重要な機能を果たすものである以上、これと異なる補償金額を請求することの前提として、まず、公権的に確定され、公定力を有する生産者米価の告示そのものの一部取消し(実質は変更)の形成訴訟を許すのがむしろ本筋というべきである。

裁判所の機能、審理の構造からみても、土地の収用、農地の買収の場合における損失補償のごとく、裁判所が容易に客観的な正当補償額を認定判断しうる場合と異なり、本件の生産者米価のように、食糧管理制度の運用や国の農業政策という高度の政策判断を伴う場合における正当補償額の決定については、裁判所がこれを具体的に確定することはきわめて困難であり、むしろ行政庁の第一次的判断たる米価の告示の内容がその算出の基礎、過程において憲法二九条三項をうけた食管法三条二項の趣旨、理念に適合しているか否かを認定、判断することが訴訟の形態としても相当というべきであろう。

なお、右告示の取消訴訟にあわせて、将来の給付請求として正当補償差額の給付を訴求することも許されるものと解すべきである。

三 米穀の政府買入価格の決定

そこで、本件告示中暫定加算に関する部分の適否について判断するが、その前提として以下、昭和四三年産米穀の政府買入価格(生産者米価)の決定の過程およびその内容について検討する。

②  <証拠>を総合すると、以下の事実が認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

1 生産者米価の具体的決定の過程は、毎年米の収穫期前に食糧庁において各種統計資料にもとづき生産者米価の政府試算を出し、これを農林大臣が政府案として米価審議会に諮問し、同審議会において審議の上農林大臣に答申し(米価審議会令一条)、農林大臣は右答申を参酌して当該年産米の生産者米価を定め、閣議決定を経てこれを正式決定し、告示することになる。

本件告示における昭和四三年産米の生産者米価も、食管法三条二項にもとづき、従来からとられてきた「生産費および所得補償方式」により、とくに米穀の生産に要した個々の費目を積み上げて計算する「積上げ計算方式」によつて算出、決定された。

右にいう「生産費および所得補償方式」は、稲作農家について、米穀の生産に要した費用(肥料費、農具費、雇用労働費等)を補填するとともに、米穀の生産に要した自家労働について、投下労働一時間につき製造業労働者の賃率(都市均衡労賃)で評価した労働所得を補償しようという基本的な考え方をいい、その場合、生産費を補填し、所得を補償する基準となる稲作農家は、適正な限界農家をとつている。

ちなみに、昭和四三年七月二四日付米価審議会の答申では、「生産費および所得補償方式は、その内容において恣意的要素が入りやすいほか、米穀の需給事情を考慮する余地に乏しいという難点があり、これらの難点を補う客観的基準を求める必要がある。」と述べている。

2 本件告示における昭和四三年産米の生産者米価の具体的な算定は、別紙第二表の算式により行なわれた。これを説明すれば次のとおりである。

(一) 価格決定の前三年間における米穀販売農家の一〇アールあたり平均生産費(地代を除く)。

(1) 家族労働費

直接家族労働費および間接家族労働費を都市均衡労賃により評価替えしたもの。

直接家族労働とは、田の耕起、薬剤散布、稲刈りなど米穀の生産に直接関連する家族労働をいい、間接労働とは、自給肥料の生産等米穀の生産に間接に関連する家族労働である。

直接家族労働費は、直接家族労働時間に男女込み都市均衡労賃を乗じて算出し、間接家族労働費は間接家族労働時間に男子の都市均衡労賃を乗じて算出する。

都市均衡労賃は製造業全規模平均賃金(現物給与を含む)とし、労働省の「毎月勤労統計調査報告」等にもとづき、製造業の常用労働者数規模五人以上の事業所の賃金を求め、これに現物給与相当額を加算して、

男女込み  二万二八九九円

男子    二万七六〇四円

と算出された。これを農家の自家労働時間にあてはめて計算した。

(2) 物財費、雇用労働費

物財費としては、種苗費、肥料費、諸材料費、水利費、防除費、建物費、農具費、畜力費、賃料料金が含まれ、雇用労働費は第三者を雇い入れた場合に支払われる賃金であり、これらについては米穀生産費パリテイ指数による前三年の変化率(昭和四〇年産米生産費基準)13.38パーセント、昭和四一年産米同107.46パーセント、昭和四二年産米同103.40パーセント)により物価修正して算出された。

(3) 副産物価格の控除

米穀生産に伴つて生ずる副生産、すなちわ、稲わら、もみがら、等外米およびしいなの価格は、これらの価格の変化率(昭和四〇年産基準121.65パーセント、昭和四一年同112.04パーセント、昭和四二年同105.62パーセント)によつて物価修正して算出し、これを控除した。

(4) 資本利子

借入金について利子補填するほか、自己資金についても通常の運用利回りの利率を補償することとし、農林省統計調査部の「米生産費補完調査」の結果にもとづき、借入金と自己資金の比率を35.0対65.0とし、利率は借入金につき年利6.21パーセント、自己資金については、農業協同組合の一年定期預金の利率年利5.6パーセントとした。

ちなみに、これは昭和三四年産米の生産者米価から算入されることになつた。

(5) 租税公課諸負担

昭和四二年産米生産費調査にもとづき、租税公課諸負担中、固定資産税(土地に賦課されるものを除く)、自動車税、軽自動車税、水利地益税、農業共済賦課金、農業協同組合費、農事実行組合費、農民組合費等のうち、稲作を行なつていることにより賦課されるものの額に、稲作負担率を乗じて五五〇円を算出した。

(6) 付帯労働費

稲作に付帯して必要な集会出席(病虫害の共同防除の共同作業打合せ会など)、技術習得(稲作技術研究会への出席、農業試験場の見学等)、農業用資材購入等の資金調達のため農協に赴いて折衝すること、農業経営上必要な簿記記帳に要する時間(2.6時間)にみあう評価額、これは米生産費補完調査の結果にもとづき都市均衡労賃に評価して算定した。

ちなみに、米価審議会の答申では、「付帯労働費算入の可否については検討を要する。」旨述べている。

(7) 生産性向上利益還元額

生産性向上にもとづく労働時間の減少、それに伴う減収分を補填するため、米価決定の前三年における一〇アールあたり家族労働時間(間接労働時間を含む)の減少を考慮し、生産性向上利益還元額を米価に算入することとし、昭和四〇年産米の家族労働時間と昭和四〇年ないし四二年の各年産米の家族労働時間の平均値との差について都市均衡労賃で評価した額の二分の一として算定した。

直接労働時間  0.4時間

間接労働時間  0.8時間

ちなみに、米価審議会の答申では、「生産性向上利益還元をとりやめることは適当である。」旨述べている。

(8) 以上(1)ないし(7)にもとづき、平均生産費を別紙第二(イ)掲記のとおり四万八五八九円と算出した。

(二) 地代(一〇アールあたり)

現行小作料の最高統制額(五級地)にもとづいて評価した昭和四〇年ないし四二年の各年産米の作付地地代に、米生産費調査による米穀販売農家の昭和四二年産米にかかる作付地以外の土地の地代にもとづいて評価した昭和四〇ないし四二年の各年産米の作付地以外の土地の地代を加えたものの平均

昭和四〇年 四四五八円

四一年 四四三三円

四二年 四五五五円

平均 四四八二円 別紙第二(ハ)

(三) 平均収量

前三年間における一〇アール当たり平均収量は四六八キグラムであるところ、適正な限界農家の収量を求めるため、平均収量の分散の度合を考慮し、統計的に算出した標準偏差値を一シグマとして控除して、別紙第二(ロ)掲記のとおり三八八キログラムを算出した。

昭和四〇年

四一年

四二年

平均

平均収量

四四六

四五六

五〇二

四六八

標準偏差

七七

七九

八四

キログラム

三六九

三七七

四一八

三八八

標準偏差値をどれだけみて、これを控除するかは、米の生産奨励という政策的配慮が入つてくることになる。昭和四三年産米の生産者米価の政府試算段階では標準偏差値は0.9シグマとなつており、これに対する米価審議会の答申では、「平均収量を用いてえられる額を基準とすることを目標とし、漸次これに接近すべきである。」と指摘された。

ちなみに、その後米の過剰状態にかんがみ、標準偏差値をひくことはとりやめになつた。

(四) 運搬費

米生産補完調査の結果による運搬距離等にもとづき、農家の庭先から最寄りの政府指定倉庫までの運搬費および農産物検査法による検査受験に要する経費として、労務費、材料費、農具費、畜力費、賃料料金の合計を算出すると、別紙第二(ホ)掲記のとおり一五〇キログラム当たり九四円となる。

(五) 基準価格

以上の諸要素により、政府の買入場所における全体としての米穀(種類、品位等級の全ての米を含む)の平均的な裸の価額が算出され、これを基準価格といい、昭和四三産米については別紙第二(ヘ)掲記のとおり二万〇三一五円となつた。

(六) 各種格差の加減算

米穀にはその品質等により買入価格に差等が設けられている。

(1) 等級間格差

農産物検査法上の等級による格差で、一等から五等に分れ、各等級間に二〇〇円の差額が設けられている。一般にわが国の産米は、四等米が多いが、昭和四三年産米については、一等から五等までの平均価格と三等米の等級間格差は、別紙第二(ト)掲記のとおりプラス六七円となつた。

(2) 歩留加算

水分含有量の少ない硬質米とそれの多い軟質米とでは、同じ重量の玄米でも、精米にしたときの歩留りは前者が高いので、その差等を基礎として付された格差である(都道府県別に軟質米地帯と硬質米地帯とを分けている。)。

昭和四三年産米の場合、うるち軟質三等米について別紙第二(チ)掲記のとおり、四七円と算出された(硬質米は軟質米より一五〇キログラムあたり一〇〇円高く、両者の買入数量の比率はほぼ半々であるので、軟質米についてその約半額を格差として控除することとなつた。)。

(3) 時期別格差

米の需給調整のため、需給の窮屈な端境期に多く出荷して貰うため、早期出荷の奨励目的から、また他面いわゆる早場米は一般に高く評価されていることもあつて、昭和三〇年産米から出荷時期による格差―時期別格差が付されることとなつた。

しかし米の需給状況の緩和傾向がみられるようになつてその意義は乏しくなり、政府は昭和三七年一一月に時期別格差研究会を設けたところ、段階的に時期別格差の整理、解消をはかるべきであるとの見解が出されたので、従来四期別に八〇〇円から二〇〇円の四段階があつたものを、昭和三八年産米から右格差を三期(九月三〇日まで、一〇月一一日まで、一〇月二〇日まで)に分けて、六〇〇円、四〇〇円、二〇〇円に整理した。

昭和四二年産米は大豊作で一挙に米の過剰時代に入つたため、農林大臣は同年一一月二日、翌四三年産米から時期別格差を整理する旨言明した。

(4) 暫定加算

前記のように、米の需給事情の変化のため、従来の時期別格差の本来の目的、意義が稀簿となつてきたので、農林大臣は昭和四三年産米からはこれを廃止する方針を決めた。

しかし、いわゆる早場米地帯は米の単作地帯で、農家経済は米作に依存する度がきわめて強く、そのため収入の多い早場米の生産に力を注いでいた。

そして昭和四二年産米についての時期別格差金の支払状況を県別にみると、新潟県約二四億円、千葉県約一一億円、富山県、秋田県約一〇億円、茨木県、北海道、約九億円、山形県約八億円、石川県、福井県約六億円、滋賀県約五億円におよび、総額で約一四〇億円に達していた。

もとより、時期別格差は出荷の時期により個別の生産者に支給されるもので、各人に支給される金額は僅少ではあつたが、右のように県単位でみると相当の金額に上つており、それらの地域の定着した収入源となつていた。

そこで、この時期別格差の全廃は地域農業経済にかなりの影響を与えることが予想されたので、農林省当局は、その廃止にともなう影響の緩和を図る必要があると考え、都道府県単位にみて、従来の時期別格差金の支払額が一定の基準に該当する府県の産米について、売渡しの時期いかんにかかわらず、暫定的措置として、暫定加算金を付することとした。

まず、米価審議会の諮問における政府試算では、新潟、富山、石川、福井の四県の産米につき、一五〇キログラム当り二五〇円、茨城、栃木、千葉、三重、滋賀、徳島、高知、宮崎の八県の産米につき、右同量当り一二五円の暫定加算金を付することとし、うるち軟質三等裸価格の算出にあたつては、暫定加算を内枠としてその平均五八円を控除することとしていた。米価審議会の審議では、この点について異論は出ず、その答申でもとくに暫定加算の可否には触れられていない。

その後の政治折衝の過程で、暫定加算の金額、支給される県の範囲も拡大し、本件告示における最終決定では、前三年間における県別の一五〇キログラム当りの時期別格差の支給実績をみて、その約三分の二を暫定加算とすることとし、右支給実績に三分の二を乗じた金額のうち二五円未満(六〇キロ当り一〇円未満、本件の鳥取県など一三県)は切り捨て、三三道府県について最低二五円から二五円刻みで最高三五〇円とされた。

この暫定加算は時期別格差と同様基準価格の内枠としたので、暫定加算のつかない価格を求めるため、暫定加算の支払われる地域(道府県)の産米の価格としからざる地域の産米の価格とを加重平均したものと暫定加算のつかない地域の産米の価格との差を求め(一一五円)、これを基準価格から控除した。

かくして一五〇キログラム当りのうるち軟質三等玄米裸価格を二万〇二二〇円(本件告示冒頭掲記のとおり三等玄米三〇キログラム当り四、〇四四円)と決定した。

(七) なお農林大臣は、米価審議会への諮問において、「累次の消費者米価の改定にもかかわらず、政府買入価格と政府売渡価格との間に大巾な逆ざやがみられるのみならず、政府買入価格が消費者米価をも上回るという価格関係になつており、その下で米穀の管理に関する財政負担も二千数百億円に達することとなつており、とくに本米穀年度末の古米持越しは、配給量のほぼ五ケ月分に達するものと予想され、米穀の適正な管理を図る上で、慎重な工夫、配慮が強く要請される状況である。」と述べた。同審議会の答申でも同様の指摘をした上、さらに「他方米穀管理のための食管会計の赤字は四一年度以来二、〇〇〇億円以上に達し、本四三年度でも二二九五億円にのぼると予想されている。この米穀の管理を主な原因とする食管特別会計への一般会計からの繰入れは、農林関係予算の三〇パーセントに達する。このまま推移すれば遠からず米穀の管理が重大な局面を迎えることになるのは明らかであるから、政府はすみやかにこのような事態の是正を図らなければならない。」と厳しく警告している。

四 以上認定の事実関係にもとづき、本件告示のうち、暫定加算に関する部分の適否について検討する。<中略>

③  2 原告らの主張第二点(憲法一四条違反)について。

暫定加算設置の趣旨は前記のとおりであつて、その趣旨自体前示食管法三条二項所定の基本理念にもとづき農林大臣に許容された農業政策上の裁量からして合理性を有するものであり、その具体的方法――とくに都道府県単位に実施したこと――も米価決定についての行政効率にかんがみ不当、不合理とはいえない。

してみれば、結果的に原告ら暫定加算を付されない道府県の生産者が暫定加算平均分だけ収入減となつたとしてもそれを目して、不合理な差別取扱いとして憲法一四条に違反するとは断定できない。

右に反する<証拠>はたやすく賛同できない。

したがつて原告らの右主張も失当である。

3 原告らの主張第三点(憲法二九条三項違反)について

被告は、米価の決定は本来憲法二九条二項の問題であり、同条三項の問題は生じないと主張するが、二項の問題と三項の適用の有無とは別個の問題であるばかりでなく、生産者米価についても憲法二九条三項の適用があるものと解すべことは前述のとおりである。

米価における「正当な補償」の範囲は、結局、前述のように憲法二九条三項を具体化した規定と解される食管法三条二項にいう、生産費および物価その他の経済事情を考慮した上での「米穀の再生産を確保」するに足りるものかどうかにかかると解すべきである。

政府は、従来この基本理念にもとづき、いわゆる生産費および所得補償方式によつて米価を算定していたのであり、右方式は、米穀の生産に要する諸費用を補填するとともに家族労働費について、農家にも都市労働者と同等の所得を補償するという配慮から、都市均衡労賃への評価替えを行なうものであることは前述のとおりである。

しかして、食管制度の運用と機能が米穀生産者の保護に重点を移してきた現状を反映して、昭和四三年産米の米価についても、家族労働費(とくに間接家族労働費をも配慮)、資本利子(自己資金の運用利子をも考慮)、付帯労働費、生産性向上利益還元費、平均収量についての標準偏差値控除等の面において、農業政策上、米穀生産者の利益保護のための政策的判断が濃厚にあらわれていることは、先に詳細認定したとおりである。そして、前記のように米価審議会の答申においても、生産費および所得補償方式には恣意的要素が入りやすいので、客観的算定方式を確立すべき旨および政府試算は米穀の需給事情を反映するものとしては不十分であるとの指摘がなされているほどである。「米穀の再生産を確保するに足りるもの」という概念自体、その時点での広汎な政策的配慮の入り易い概念であることと相俟つて、昭和四三年産米の生産者米価も、純然たる米穀の政府買上げに伴う生産者の損失の補償としての「正当な補償」以上のものが、生産者の利益保護の政策的配慮から加味されていることは、右の諸事情からみて否定しがたいところである(本件年度においても食管制度そのものが、米穀の過剰時代の実態にそわず、国際的にも高米価の批判がある一方、農業協同組合等農業団体は、農家の利益擁護のため、食管制度の堅持を強く主張していることは公知の事実である。)。

さらに、被告主張のように、本件における基準米価よりの暫定加算平均額(一一五円)の控除は、生産者米価の一つの算定方式の過程として行なわれるにすぎず、算定方式自体固定的なものではないというべきであるから、算式上の暫定加算平均額の控除が、直ちに具体化された正当な生産者米価よりの一定額を減額として問題となる性質のものと考えること自体誤りといわざるをえない(なお、昭和四三年産米における基本的なうるち軟質玄米三等裸価格そのものは、一五〇キログラムあたり昭和四二年産米のそれより一二四〇円増加していることは、<証拠>により明らかであり、その上昇率は6.5パーセントに達する。)。

以上の諸点にかんがみ、昭和四三年産米の米価が、右暫定加算平均分の減額によつて、「正当な補償」を下回るとはとうてい認めがたいといわなければならず、原告らの右主張も採用することができない。

右に反する<証拠>はたやすく左袒しがたい。

4 原告らの主張第四点(農林大臣の裁量権乱用)について。

たしかに、時期別格差の廃止は、従来その支給を受けていた生産者(農家)個人にとつては、その分が収入減となることは否定できないが、それは米穀の需給事情の変化にもとづく政策の変更により、生産者米価の算定方法が変つたため、結果的にそうなつたということにすぎない。

しかして、暫定加算を設けた趣旨が前記のとおりである以上、それが食管法三条二項の基本理念にもとづき農林大臣に許容された裁量の範囲を逸脱したものとは断じがたい。

また、時期別格差廃止による影響緩和という観点から従来時期別格差金を受けていた個別生産者ごとに従来の実績にもとづいて暫定加算を付することも理論上考えられないではないが、米価決定の過程における行政上の効率からすれば、それはきわめて困難であることも否定定できない。

さらに、原告らが暫定加算を支給されないことが一概に不合理な差別として行政上の平等原則に反するとも断定できないことは前記説示のとおりである。

その他、さきに認定したところからすれば、本件暫定加算の措置がとられるに至つた手続過程において、特段の恣意ないし裁量の乱用と目すべき点も見出し難い。

そうすると、本件暫定加算の措置が行政庁の裁量の範囲を逸脱し、裁量権の乱用があるとは認めがたく(これと異なる<証拠>には左袒しがたい)、原告らの右主張は採用できない。<以下略>

(杉山克彦 吉川正昭 石川善則)

④別紙

第一表

原告氏名

柱本茂夫

福田磯次

片山博

田辺幸男

石川博喜

遠藤香夫

坪倉清明

梅林秋治郎

摘要 一俵は、六〇キログラム

数量

51.5俵

63.5俵

92.0俵

68.0俵

188.5俵

82.0俵

76.0俵

40.0俵

価額

四二二、

七五一円

五一六、

八六九円

七七〇、

八五六円

五八一、

七八二円

一、五三二、

一二九円

六八五、

五四六円

六二六、

四一四円

三二八、

八九〇円

不足金額

二、三六九円

二、九二一円

四、二三二円

三、一二八円

八、六七一円

三、七七二円

三、四九六円

一、八四〇円

⑤別紙第二表

昭和42年産米穀の政府買入価格算出表

(摘要)

(イ)は、価格決定前三年間における各年の米穀販売農家の地代を除く一〇アール当たり平均生産費(但し、物財費、雇用労働費については物価修正した金額、自家労働費については投下労働一時間当たり製造業労働者の賃率―都市均衡労賃―)である。

(ロ)は、価格決定前三年間における各年の米穀販売農家の一〇アール当たり平均収量から標準偏差値を控除した収量である。

(ハ)は、価格決定前三年間における各年の米穀販売農家の一〇アール当たり平均地代である。

(ニ)は、価格決定前三年間における各年の米穀販売農家の一〇アール当たり平均収量である。

(ホ)は、米穀生産者の庭先から最寄りの政府倉庫(買入場所)までの運搬費である。

(ヘ)基準価格とは、政府買入場所における各等級を含む米穀の加重平均的な裸の価格をいう。

(ト)等級間格差とは、農産物検査法上の等級による格差をいう。

(チ)歩留加算とは、水分含量の少ない硬質米は軟質米より歩留が高いことに伴い付される格差のことである。

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